この記事では、血をサラサラにする薬(抗血栓薬:抗血小板薬または抗凝固薬)を飲んでいる患者さんに対する外来での抜歯(歯科口腔外科の外科処置)について、これまでの私の臨床経験と知見、ガイドラインを中心に分かりやすくまとめました。
「抗血栓療法患者の抜歯に関するガイドライン2020年版」での変更点
基本的には今までどおり、抗血栓薬継続下での抜歯が推奨されています。2020年版の主な変更点をまとめていますので、要点はこの項目に記載しています。
①ワルファリン継続下の抜歯時のPT-INRの目安
これまではPT-INR3.0以下とされていましたが、2020年版では「各疾患の至適治療域内」へ変更となりました。また、3.0未満でも0-26%で後出血の報告があり注意が必要です。
<各疾患のPT-INR至適治療域>
・非弁膜症性心房細動:1.6-2.6(70歳未満)、2.0-3.0(70歳以上)
・人工弁:2.0-3.0
・静脈血栓・塞栓症:1.5-2.5
②抗血小板薬と抗凝固薬の併用患者での抜歯に関して
これまでは2剤継続のまま抜歯が推奨されていましたが、2020年版では患者間のばらつきがあり継続のまま抜歯を行う・行わないに関してガイドラインでの推奨はなくなり、専門医療機関での抜歯が望ましいとなりました。
③休薬時の対応に関して
これまでと同様に、休薬せざるを得ない場合にはヘパリンによるブリッジングを考慮するとされています。それに加えて2020年版では、休薬時は十分な説明と同意文書が必要とされています。
抗血栓薬の継続か中断について
①抗血栓薬を中断すると重篤な脳梗塞や心筋梗塞などを発症するリスクがあるため、抗血栓薬継続下での抜歯が推奨されています。
②ワルファリン中断で約1%に脳梗塞などの重篤な血栓・塞栓症を発生、抗血小板薬の中断で脳梗塞のリスクが3.4倍などの報告があります。
一方で、心臓以外の手術時に抗血小板薬の継続や休薬で虚血イベントや出血イベントに関連しなかったとの報告もあります。
現状では、術後出血の軽度の合併症より、血栓症が生じた場合の重篤な合併症の方がリスクは高いと判断され、継続できる場合は抗血栓薬継続下の抜歯が推奨されています。
③休薬時は、血栓・塞栓症のリスクに関して十分な説明と同意文書が必要となります。
また、ヘパリン代替療法(ヘパリンブリッジ)に関しては有用性が確立されてないため症例毎に検討が必要とされています。
これまでの周術期の抗血栓療に関する既存のガイドラインでは血栓・塞栓症のリスクが高い場合はヘパリンによるブリッジングを行い、低い場合は必要なし、中等度の場合には症例に応じて選択とされています。
④普通抜歯において抗血栓薬(抗血小板薬、ワルファリン、DOAC)の単剤または複数剤(抗血小板薬と抗凝固薬の併用は除く)は継続下の抜歯が推奨されています。ただし、難抜歯に関しては対象とされていません。
⑤難抜歯に関しては、抗血小板薬単剤とワーファリン単剤の場合は可能とされています。
DOAC、二剤併用の場合は出血リスクがあり、専門医療機関への相談等が必要です。
⑥抜歯の本数に関しては、高いエビデンスはないが、本数が増えれば出血リスクは増加するので慎重な対応が必要です。
⑦抗血小板薬やワルファリン投与中の患者においては鎮痛薬(NSAIDs、COX-2阻害薬、アセトアミノフェン)の投与は最低必要量に留め、長期や大量に投与する場合は出血性合併症に注意が必要です。(ちなみにDOACに関しては問題ありません。)
ワルファリン継続下に抜歯を行う際に注意すること
①PT-INRが至適治療域内コントロールされているか確認する。また、至適治療域内でも後出血を来す場合があり注意を要するとされています。
2015年版ではPT-INR3.0以下とされていましたが、3.0未満でも0-26%で後出血の報告があり、2020年版で変更されています。
②PT-INR値は可能であれば抜歯当日に測定します。当日が無理な場合には24 時間以内、もしくは少なくとも72 時間以内のチェックが推奨されています。
③局所の止血処置が適切であれば、出血のリスクは低いと考えられます。
④抗菌薬は抜歯前1回と術後3日間程度が適切ですが、抗菌薬投与が長引く場合にはセフェム系やペニシリン系など多くの抗菌薬でPT-INR値が上昇するため注意が必要です。
⑤鎮痛剤に関しては、NSAIDsとCOX-2阻害薬は出血性合併症を増加させるため、原則的に投与すべきではないですが、投与する際には慎重に投与とされています。
⑥アセトアミノフェンは,COX-1、2の阻害作用や抗血小板作用が少ないことから、比較的安全に使用可能と考えられていましたが、アセトアミノフェンでもPT-INR値は上昇し、1日最大投与量が以前の1.5gから現在は4.0gへと増量されているため使用する場合は注意が必要です。
抗血小板薬継続下に抜歯を行う際に注意すること
①抗血小板薬の場合はPT-INR値のような指標となる検査値はありません。
NSAIDsは抗血小板作用があり、抗血小板薬と併用すると相互作用により出血性合併症を発症する可能性があるために慎重に投与します。
②抗菌薬を数日投与しても、局所の止血処置が適切であれば出血リスクは低いです。
③最近の抗血小板薬のチカグレロル(プリリンタ)はCYP3A4の阻害作用があるので、マクロライド系抗生物質(クラリスロマイシン等)は併用禁忌です。
直接経口抗凝固薬(Direct Oral Anticoagulant、DOAC)継続下に抜歯を行う際に注意すること
①DOACの商品名:プラザキサ、イグザレルト、エリキュース、リクシアナ
②DOAC内服患者では内服後6時間以上経過した後の抜歯が推奨されています。
③DOACは血中濃度に即した抗凝固作用があります。
血中濃度は内服後4時間以内にピークに達し、5-12時間後に半減していくため、ピークを避け6時間以上経過してから抜歯を行うと出血性合併症が少なくなるとされています。
④CYP3A4を阻害するマクロライド系抗菌薬とアゾール系抗真菌薬は、併用禁忌、注意となっているため注意を要します。
⑤鎮痛剤(NSAIDs、アセトアミノフェン)と抗菌薬(マクロライド系は除く)は重篤な出血性合併症に繋がらないとされています。
専門医療機関への相談など慎重な対応を要する症例
①抗血小板薬と抗凝固薬の併用している患者患者間で血栓症と出血のリスクのばらつきがあるため、休薬する・しないに関しての推奨はありません。
②抗血小板薬を2剤併用している患者
③難抜歯、埋伏抜歯などの出血リスクの高い患者
④全身的疾患が適切にコントロールされてない患者や全身性出血性素因(血小板・凝固因子・線溶系の異常)を持つ患者
⑤糖尿病、肝機能障害、腎機能障害などのハイリスク患者
局所止血処置の方法
①ガーゼやボスミンガーゼ(ガーゼをボスミン液に浸したもの)で圧迫
②酸化セルロース(サージセル)や局所止血剤(ヘムコン等)の使用
③縫合
④サージカルパックなどで圧迫
⑤止血シーネでさらに圧迫
通常は縫合処置まで行えば、概ね止血は可能です。
万が一、局所止血処置にて対応困難な出血をきたす事態に陥った場合には、専門医療機関への紹介が必要になります。
今回は主に抗血栓療法患者の抜歯に関するガイドラインに関してまとめ、診療に必要なポイントを記載しました。
この記事が少しでも参考になれば幸いです。
【参考文献】
・科学的根拠に基づく抗血栓療法患者の抜歯に関するガイドライン 2020、2015年改訂版
・最新口腔外科学第5版(榎本昭二他、医歯薬出版株式会社)
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