東日本大震災における歯科診療派遣の回顧録【海上自衛隊 護衛艦・ヘリコプターでの災害派遣】

東日本大震災 気になる歯科情報
OLYMPUS DIGITAL CAMERA

私は2004年から11年間、防衛省海上自衛隊の歯科に勤務しておりました。
2011年3月11日の「東日本大震災」発災後、私は災害派遣部隊として宮城県三陸沖に進出していた護衛艦「ひゅうが」に乗艦しました。私たちは毎日ポータブル歯科ユニットや発電機等を持参し、海上自衛隊のヘリコプターで避難所へ向かい巡回診療をした経験があります。
この記事では当時の私の経験・レポートから、東日本大震災時の歯科災害派遣についてまとめました。

スポンサーリンク

災害派遣期間

3月11日、海上自衛隊は災害派遣命令により宮城県沖に多数の自衛艦を派出しました。
当初、海上自衛隊の歯科班は、宮城県三陸沖に進出していた護衛艦に乗艦している隊員の健康管理と現地の歯科情報収集目的で派遣されました。
その後、現地の歯科医療機関の被害と宮城県歯科医師会からの歯科災害派遣要請により、宮城県南三陸町および気仙沼市大島で歯科診療支援を実施しました。

私の災害派遣期間は、2011年3月20日(日)~4月7日(木)でした。
3月20日(日)、私たち歯科班は海自ヘリコプターにて厚木基地から、護衛艦「ひゅうが」へ進出しました。

移動衛生班の派遣人員

  • 医官:3名
  • 歯科医官:1名
  • 衛生員:15名

1日の流れ(歯科班)

0600 総員起こし
0700 衛生班ミーティング
0730 乗員に対する歯科診療(0830まで)
0900 ヘリに搭乗
0930 被災地での歯科診療
1700 ヘリに搭乗
1830 オペレーション(1930まで)
1930 衛生班ミーティング
2000 乗員に対する歯科診療(2200まで)
2200 片付け、診療実績まとめ

災害派遣を実施した避難所等

  • 南三陸町志津川ベイサイドアリーナ(現地調査のみ)
  • 平成の森
  • 歌津中学校
  • 名足保育園
  • 大島歯科クリニック

活動内容

  • 護衛艦「ひゅうが」乗員に対する歯科治療(ひゅうが歯科室)
  • 被災者に対する歯科診療
    上記の避難所等と、輸送艦「おおすみ」歯科室、護衛艦「ひゅうが」歯科室において、被災者に対する歯科診療を行いました。

被災者に対する歯科診療支援実績

  • 調査対象
    初診患者数:455 名、延べ患者数:584
  • 疾患内訳:
    う蝕31%,歯周疾患23%,脱離17%,義歯不適10%,根尖性歯周炎9%,義歯紛失2%
  • 歯科疾患発生の傾向:
    ・震災直後から震災後2週:う蝕や歯周疾患よる疼痛などによる受診が多かったです。
    ・ブラッシングがほとんどできていなく、震災直後から震災後1週においては、受診患者の75%で急性症状を伴っていました。
    ・歯周疾患は震災後2~3週以降は減少しました。

派遣活動報告

※この項目は、「~をした、~であった」調の常体文で記載しています。

  • 3月21日(月)
    ・災害対策本部と避難所のある南三陸町志津川ベイサイドアリーナにて、現地歯科の情報収集を行った。
    ・南三陸町の志津川地区、歌津地区には、歯科診療が可能な歯科医院は残存していなかった。
    ・志津川地区では、3月20日よりベイサイドアリーナ前にて、現地で開業している歯科先生が往診車を用いた診療を開始していた。
    ・現地の先生より、歌津地区には未だに歯科チームが入っていないとのことで、歯科支援の依頼があり歌津地区の避難所において歯科相談を実施した。
    ・相談件数として多かったものとしては、義歯不適、急性症状を伴う歯周炎であった。
  • 3月22日(火)
    ・南三陸町志津川ベイサイドアリーナにて、現地歯科医師からの情報収集を行った。
    ・現地歯科医師からの要望としては、平成の森、歌津中学校、名足地区における歯科診療支援、急患時の「ひゅうが」歯科室での対応、歯科消耗物品の提供、器具の消毒・滅菌処理の提供であった。
  • 3月23日(水)
    ・終日、護衛艦「ひゅうが」乗員の歯科診療を行った。
  • 3月24日(木)
    ・南三陸町志津川ベイサイドアリーナにて、現地歯科医師からの情報収集を行った。
    ・現地歯科医師からの情報としては、「日に日に歯科患者が増加している歌津地区での歯科診療は依然出来ていない状態である」との事であった。
    ・そこで、現地の歯科医師は自衛隊への歯科診療支援要請を、宮城県災害対策本部と宮城県歯科医師会に要請したという報告を受けた。
  • 3月25日(金)
    ・米海軍5名と海上自衛隊の連絡官とともに、下記ルートでの現地視察に同行した。
    ・ルート:名足小学校~馬場中山センター~名足保育園~平成の森~南三陸町志津川ベイサイドアリーナ~志津川小学校
    ・本視察において、平成の森に伺った際、東北大学歯学部から加齢歯科学の先生方が往診に来られていた。東北大学の先生にお話しを伺ったところ、昨日歯科医師会から東北大学に「平成の森に歯科患者さんがいるので、往診に行って頂きたい」との要請があったということであった。しかし、歯科器材を何も持ってこない状態での支援であった。
  • 3月26日(土)
    ・輸送艦「おおすみ」での入浴支援時に歯科診療支援をおおすみ歯科室にて行った。
    ・現地歯科医師の要請により、海上自衛隊の方針としては3月27日から被災者に対する歯科診療支援を行う予定となった。
    ・しかし、宮城県災害対策本部(宮城県歯科医師会)からは、自衛隊に対しての歯科診療支援要請はまだない(?)との理由で、明日から避難所での歯科診療支援は歯科相談、または見学のみにせよとの連絡が入った。
  • 3月27日(日)
    ・前日の連絡について、護衛艦「ひゅうが」に乗艦していた海上自衛隊 第1護衛隊群司令に伝えたところ、司令の判断により、その日から予定どおり避難所での歯科診療支援を行うこととなった。
  • 3月28日(月)
    ・1120 北澤俊美 防衛大臣が護衛艦「ひゅうが」に乗艦され、概要説明後に医務室にも激励に来られた。
  • 3月29日(火)
    平成の森にて歯科診療支援を行った。
    午後に発電機等がひゅうがに到着したため、3月30日よりポータブルユニットを用いた歯科診療を行う態勢が整った。
  • 3月30日(水)
    ポータブルユニット、発電機、往診バックをヘリコプターで持参し、平成の森にて歯科診療支援を行った。
    発電機に必要なガソリンは、平成の森本部から調達した。
  • 3月31日(木)
    ポータブルユニット、発電機、往診バックをヘリコプターで持参し、名足保育園で歯科診療支援を実施した。
  • 4月1日(金)
    ポータブルユニット、発電機、往診バックをヘリコプターで持参し、歌津中学校にて歯科診療支援を実施した。
    発電機に必要なガソリンは、歌津中学校の本部から調達した。
  • 4月2日(土)
    ポータブルユニット、発電機、往診バックをヘリコプターで持参し、大島歯科クリニックにて歯科診療支援を行った。
    歯科医院のユニットは発電機により動いた(背もたれを倒すことができた)ためチェアーとしてそれを使用し、歯科治療はポータブルユニットを用いて行った。発電機に必要なガソリンは、大島の本部から調達した。
  • 4月3日(日)
    護衛艦「ひゅうが」での入浴支援時に、昨日大島歯科クリニックを受診した患者さんの歯科治療(右下6番急性化膿性歯髄炎のため抜髄処置)をひゅうが歯科室で行った。
  • 4月4日(月)
    ポータブルユニット、発電機、往診バックをヘリコプターで持参し、平成の森にて歯科診療支援を行った。
    海自歯科チームの交代について現地の歯科医師に報告し、今後も継続的に歌津地区、名足地区の歯科診療支援の要請を受けた。
  • 4月5日(火)
    ポータブルユニット、発電機、往診バックをヘリコプターで持参し、大島歯科クリニックにて歯科診療支援を行った。
    発電機にてエックス線も使用できることを確認した。
  • 4月6日(水)
    歯科器材・物品をまとめ、ヘリコプターにて護衛艦「せとぎり」に輸送した。
  • 4月7日(木)
    0730 護衛艦「ひゅうが」が横須賀入港した。

本派遣において効果的であったと考えられる事項

  • 歯科班派出のタイミング
    本派遣において歯科班は発災後1週での派出でした。発災直後の急性期は捜索・救助が主になるため、歯科の必要性は低いと考えられます。その後の亜急性期以降に、歯科の需要が発生するため、今回の歯科班派出のタイミングは効果的であり適切であったと考えられます。

  • ヘリコプターの利便性
    護衛艦「ひゅうが」はヘリコプターを4機搭載し、同時に多機種、複数機(陸自、米軍も含む)の離発着を行っていました。護衛艦「ひゅうが」はヘリコプターの運用においては、物資輸送、医療支援等の人員輸送で、大変利便性の高い艦艇であり災害時には特に貴重であると考えられます。本派遣において、護衛艦「ひゅうが」では約500回の発着艦を実施しておりました。

  • 群司令部と同じ艦艇に乗艦したこと
    群の行動方針を決定するオペレーションに出席できたこと、ヘリコプターの円滑な調整を行うことができたこと、これらのためには群司令部と同じ艦艇に乗艦していることが不可欠であり、今回は非常に効率的に業務が行えたと考えられます。

  • 歯科室の装備
    護衛艦「ひゅうが」には歯科室が装備されていますが、これまでに一度も歯科医官が乗艦したことはなかったため歯科治療実績はありませんでした。そのため、治療に使用する歯科物品等は揃っていませんでしたが、歯科ユニット等の機材メインテナンスはされていたため、今回の派遣時に最小限の歯科器材を持参したことで使用が可能でした。
    歯科ユニット、デンタルエックス線を装備していることから、乗員の歯科治療については全くストレスなく行うことができました。また、被災者の治療に関しても、ポータブル歯科ユニットや地元の往診車では、治療が難しい急性化膿性歯髄炎の抜髄処置も問題なく治療することができ、大変有用であったと考えられます。

  • 歯科班の初動
    私たちの初動としては、まず災害対策本部に出向き現地調査を行いました。
    そこで、町長、医療チームの指揮を執っている先生と看護師に挨拶ができ、また現地で開業されている歯科の先生ともお会いすることができました。そこから、現地歯科医院の状況、今後の歯科診療支援についての具体的な話をすることができ、初期段階において私たち歯科班が支援できる方向性が見えてきたは大きな収穫であったと考えられます。

本派遣から得られた課題

  • 災害時歯科診療支援としてできることの整理
    派遣当初は被災者への歯科診療支援に対する歯科班の活動方針は決まっておらず、手探り状態での活動でした。そのため、発災後に我々はどのようなことができるのか、するべきであるのか、また発災後の時間とその需要の変化についても未知でした。我々は、今回の貴重な経験を無駄にすることがないよう上記の項目について整理、まとめておく必要があると考えられます。

  • 災害派遣時用歯科器材の整理、準備
    今回最初から準備できていなかったものとしては、発電機、コードリール、ガソリン、ポータブル歯科ユニット、ポータブルデンタルエックス線装置、ヘッドライト、義歯調整歯科器材(フィットチェッカー、リライニング材、ティッシュコンディショナー、ポリグリップ等)が挙げられ、災害派遣時用歯科器材として、準備しておく必要があります。またこのような災害時には、米軍が所有しているデンタルビークルのような歯科診療車両があれば、亜急性期の歯科診療支援に有効活用できたと考られます。

  • 応急義歯の作製について
    発災後1週間したころから、「津波により入れ歯がなくなってしまったので、新しく作ってほしい」という要望が多くみられました。被災地の場所にもよると思われますが、今回は若い年代でも喪失歯を多数もっている方々が多かったために義歯作製のニーズが多く認められました。

  • 県災害対策本部、県歯科医師会との連携
    当初、現地と宮城県歯科医師会との連携が円滑にいかず、歯科疾患のニーズを捉えた診療器材等の支援や自衛隊歯科への支援依頼が早期になされませんでした。

最後に

本派遣において私は実際に被災地へ足を運び、現地で多くのことを学ばせて頂きました。初めての経験で試行錯誤の連続でしたが、大変貴重な経験をすることができたと思っております。

特に被災地での歯科診療支援においては、関係者の方々の多大なご支援により達成できたことは、反省点を含め、今後の災害派遣に活かせる大きな収穫であったと思われます。

今回の事例から、今後発生する可能性が高い東海沖地震や南海トラフ地震に備え、自衛隊と各自治体、歯科医師会と連携を図り、万一の事態に備え準備と調整をしておく必要があると考えられます。

災害時歯科医療支援において、この記事が少しでも参考になれば幸いです。

【参考文献】
・田島聖士, 小野寺勉, 阿部公喜, 海老沢政人, 飯塚浩道: 東日本大震災直後における歯科診療ニーズおよび現地歯科医師会と海上自衛隊歯科による診療連携 宮城県本吉郡南三陸町と気仙沼市大島において. 口腔衛生会誌 63: 344–350, 2013.
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jdh/63/4/63_KJ00008840163/_article/-char/ja/

・自衛隊員が撮った東日本大震災:内側からでしか分からない真実の記録【電子書籍、防衛省】


コメント