デフリンピック金メダリスト・佐々木琢磨選手の特別公演

佐々木琢磨選手の特別公演 気になる歯科情報

2026年5月9日(土)、医療創生大学柏キャンパスで開催された学園祭「笑顔満祭」の特別公演として、デフ陸上短距離日本代表の佐々木琢磨選手をお招きし、AthTAG・AthReebo社のご協力により、特別講演会を実施いたしました。

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佐々木琢磨選手のご紹介

佐々木琢磨(ささき たくま)選手は、1993年11月30日生まれの32歳。青森県五戸町のご出身で、八戸聾学校中学部で陸上競技を始められ、盛岡聴覚支援学校高等部3年時には全国ろう学校陸上競技大会において100m・200m・4×100mリレーで三冠を達成された、まさにデフ陸上界の第一人者です。

2013年ソフィア大会を皮切りに、デフリンピックには4大会連続で出場中。2017年サムスン大会の4×100mリレーではアンカーを務め金メダル獲得に貢献、2022年カシアス・ド・スル大会では悲願の100m世界一に輝かれました。そして2025年に開催された東京デフリンピックでは、100mで銅メダル、4×100mリレーで金メダルを獲得されています。

現在は5大会連続出場を目指してプロアスリートとして活動を継続されており、AthTAG GENKIDAMA AWARD 2024 ファイナリストにも選出されています。

デフリンピックとは

講演は「Deaflympicsとは何か」というテーマからスタートしました。

「Deaflympics」とは Deaf(耳が聞こえない)+ Olympic の合成語であり、4年に1回、夏季と冬季に開催される、ろう者のスポーツの最高峰の大会です。出場には両耳の聴力レベルの平均が55デシベル以上という条件があるとのことで、聴覚障がいを持つアスリートの世界大会という位置付けになります。

冒頭、佐々木選手は会場の参加者に、「おいしい」「ありがとう」「大丈夫」という3つの手話を実際にレクチャーしてくださいました。会場全体が手話で「ありがとう」を表現する光景は、とても温かく、コミュニケーションの本質を体感できる時間でした。

デフ陸上のスタート ― 視覚で「号砲」を伝える工夫

健聴者のスポーツとデフスポーツの大きな違いの一つに、スタート方法の違いがあります。

佐々木選手の専門である陸上短距離(100m〜400m)では、聴覚に頼らずスタートできるよう「スタートランプ」が用いられます。

赤は「位置について」、黄は「用意」、緑がスタートの合図です。

情報保障とコミュニケーション ― 医療現場にも通じる視点

佐々木選手は生まれつき耳が聞こえず、手話を第一言語として過ごされています。普段の生活で困ることとして「コミュニケーション」と「情報保障」を挙げられました。

会話の手段としては、手話・筆談・口話・身振りなどが用いられますが、口話(読唇術)について「100%読み取れるわけではない」というお話は、私たち医療従事者にとって大変重要な気付きでした。指導者や先生の話、集団行動の場面、災害時の情報伝達など、情報保障が不十分になりやすい場面は多く存在します。

医療の現場でも、聴覚障がいを持つ患者様への対応において、口話だけに頼らず、筆談やイラスト、身振りを併用すること、そして治療内容の事前説明を視覚的にも丁寧に行うことの重要性を改めて認識いたしました。

「逃げてきたことへのリベンジ」 ― アスリートの哲学

佐々木選手のお話の中で、特に印象に残ったのが「逃げてきたことへのリベンジ」という言葉でした。

小学校時代、地元の野球クラブに通われていたものの、コーチや仲間との会話に苦労し、スポーツを楽しめなかったというご経験。やりたかった野球を諦め、中学時代に陸上と出会い、「これまで逃げてきたことにリベンジして強くなりたい」という想いで陸上に打ち込まれたそうです。

高校1年の全国聾学校体育大会(聾のインターハイ)で、JAPANのジャージを着た選手と出会い、初めてデフリンピックを知ったそうです。

世界一になるためには「聾の世界から出て、聞こえる世界に入る必要がある」と決意され、仲間や指導者の支えを得ながら、2013年・2017年とデフリンピックに出場。一度は限界を感じながらも、「世界一になれる」というオーラを持つコーチとの出会いを経て、ついに2022年大会で100m世界一の座を掴まれました。

世界一の先にあった葛藤 ― そして2025東京大会へ

世界一になった後、「完全に夢がない。これ以上に頑張る必要があるのか?」という葛藤に直面されたエピソードも、非常に印象的でした。

その後、10歳下の教え子が佐々木選手に憧れて仙台大学に入学。教え子の頑張る姿を見て初心を思い出し、気がつけばデフ仲間が増え、10年以上かけて素晴らしい環境を創り上げてこられた ― そして2025年東京デフリンピックに間に合い、銅メダル・金メダルを獲得されました。

「『できないから』ではなく、できるようになるまで真剣に試行錯誤すればいい」
「どんな結果になっても必ず最後は笑う」
「周りの笑顔が多く見られるように」
という佐々木選手の言葉は、医療人を目指す本学の学生にとって、これから困難に直面したときの大きな支えになる金言だと感じました。

最後に

ご多忙の中、医療創生大学柏キャンパスまでお越しいただいた佐々木琢磨選手、本講演をご支援くださったAthTAG・AthReeboの皆さま、そしてご参加くださった学生・教職員・地域の皆さまに、心より御礼申し上げます。

佐々木選手の今後のさらなるご活躍と、デフリンピック5大会連続出場の夢の実現を、本学一同、心より応援しております。

プロフィール
田島聖士

日本大学松戸歯学部を卒業後、2004年から11年間、防衛省海上自衛隊の歯科医官として勤務し、2010年に遠洋練習航海(世界一周コース)で約5ヶ月間の洋上勤務(練習艦「かしま」)、2011年には東日本大震災で歯科災害派遣(護衛艦「ひゅうが」)の経験を持つ。
2015年からAOI国際病院 歯科口腔外科での臨床の傍ら、深層学習アルゴリズムを用いた歯科エックス線画像のAIシステム開発をし、2025年から日本初の「エックス線歯科健診」の社会実装を行い、「お口年齢AI」を開発した。
現在は、葵会グループ統括本部 DX戦略部長、医療創生大学 歯科衛生専門学校長、AOI国際病院 歯科口腔外科部長を兼任している。

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